「天切り松 闇がたり3 初湯千両」
(集英社文庫) [文庫]
浅田 次郎 (著)
「日本中の目利きをみごと欺くらかしたって、小龍てえその芸者だけは欺しちゃならねえ。やい黄不動。てめえも天下の職人なら、横着な仕事はするな。男だったら筋の通らん嘘はつくんじゃあねえ。たとえ空ッ穴だろうが酔いどれのろくでなしだろうが、通さずばならねえ筋さえ通して生きれァ、男は男なんだぜ」
「いいや、禿の時分に伊藤公爵から頂戴した小龍の名は伊達じゃあござんせん。たとえ胸がつぶれたって、あたしァその名に恥じぬ小龍のまんま死にとうございます。なら、あにさん。大好きなあにさん。後にも先にもこの一声もちまして、お情けの数々、ご免こうむります」
「わかるか、にいさん。俺ァたしかにてめえらが破廉恥漢と馬鹿にする盗ッ人にァちげえねえが、どっこい銭金まみれの盗みなんざ、七十年の盗ッ人稼業、ただの一度だってしたためしはねえ。いってえ何のために、親から貰った体を張り、命を的にヤマを踏むか、てめえらも金玉ぶら下げた男ならば、よおっく考えてみやがれ。銭金は命の次に大事なものだってか。冗談はよせ。銭金よりも命よりも大事なものァ、この世にいくらだってあらあ。長え人生、それをひとっつずつ見っけて、懐に収っていけ。いいな、ぬかるんじゃあねえぞ」
本日、歌舞伎を見ていた分、勘三郎の解説が泣ける。
「この役はあなたしかいないわよ」
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